三尺の童子を拝す
当然のことですが、自分がされたらイヤな育て方をしないことです。
子供を信頼すれば、子供は必ずそれに応えてくれます。
謝ることが出来るのは、謙虚な人格の持ち主です。謙虚であることは、人格が立派だということです。素直にこどもに「ごめんね」と言える親になってほしいのです。
傲慢は、人格の未熟さを示しているわけで、親たちは、子供の前で謙虚でなければならないのです。
その点で、私は「三尺の童子を拝す」という禅の言葉を座右の銘にしています。幼い子供を、仏様のように拝む気持ちをもちなさいという意味です。
それはすなわち、子供の純真な心に対して、謙虚になろうということです。これは、我々大人のけがれた心を洗い流すことも意味しています。
2026年02月08日 11:49