「計算を教える教室」だけにはしたくない|そろばんを学ぶ本当の意味とは
電卓があります。
Excelがあります。
そんな時代に、なぜ子どもがそろばんを習うのでしょうか。
計算だけなら、機械のほうが速い
僕自身、26歳のころExcelを知って、一度そろばんを否定しました。
計算だけが目的なら、その考えは今でも間違っていないと思います。
でも、YouTubeの全国大会で驚異的な暗算を見て、自分でも久しぶりに暗算をして、考え方が変わりました。
僕にとってそろばんは、答えを出すためだけの道具ではなく、
人間自身を鍛えるトレーニング
になりました。
ただ、僕が教室を作ろうと思った理由は、研究結果を読んだからではありません。
自分自身がそろばんを経験し、大人になって価値を再発見し、さらに自分の子どもにも習わせてみて、
「これは自信を持って勧められる」
と感じたからです。
そろばんを卒業しても、暗算の力は残る
そして僕が、そろばんの大きな魅力だと感じていることがあります。
そろばんを使わなくなっても、身につけた暗算の力は残ることです。
これは僕自身、大人になった今でも感じています。
たとえば買い物をしているとき。
「これとこれを買ったら、いくらになるだろう」
頭の中で計算してみる。
1円単位まで出して、レジの金額とピタッと合うと、ちょっと嬉しい。
仕事でも、買い物をしても、何かを分けるときでも、日常生活には数字があふれています。
つまり暗算が身についていると、
日常生活そのものが、無理のない頭のトレーニングになるのです。
わざわざ机に向かわなくてもいい。
問題集を開かなくてもいい。
生活の中で数字に出会ったとき、ちょっと計算してみる。
僕自身、暗算をすると頭のストレッチをしているような感覚があります。
少し集中して数字を追って、答えが出る。
そのあと、頭がスッキリする。
これは、僕が大人になってそろばんを再開して、改めて気づいた魅力でした。
水泳なら、習うのをやめたあと、日常生活で毎日泳ぐことはなかなかありません。
でも、計算には毎日出会います。
買い物。
仕事。
お金。
身につけた暗算力を、日常のいたるところで使うことができる。
そして使うたびに、また頭を動かすことができる。
僕は、ここがそろばんのとても大きな強みだと思っています。
だから、そろばんの先に「暗算」を置きたい
僕は、子どもたちに一生そろばんを使い続けてほしいわけではありません。
そろばんは、暗算力を身につけるための最高のトレーニング道具の一つだと思っています。
僕が練馬そろばん教室を、
「計算だけを教える場所」
にしたくないのは、そのためです。
そろばんを習っている時間だけではなく、その先の人生でも使える力を渡したい。
僕は、そう考えています。
2026年10月07日 19:58